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◆推古天皇の薬狩り
昭和63年5月14日 朝日新聞(奈良版)
昭和63年5月14日 朝日新聞(奈良版)
歴史では、推古天皇が現在の大宇陀地方で薬狩りをされたという記述(611年)があります。当時、獣狩りをされようとした推古天皇を、皇太子がお諌めし、中国の風習に倣って、代わりに薬狩りをするように進言し、聞き入れられたとのことです。
 その後も、朝廷と薬物の関わりは深く、藤原京(694〜710)跡からは、薬物のことを記した木簡(薬用人参等25種)が出土しています。
◆東大寺正倉院
東大寺正倉院
東大寺正倉院の御物の中には、21の漆櫃に納められた60種の薬があります。これらの薬は単に奉献されたものではなく、一般への施薬を考えたものでした。すなわち、病に苦しむ民衆に分け与え、使った分は順次補充するというものです。
正倉院 宝物 奉盧舎那仏種々薬帳(宮内庁正倉院事務所より)
正倉院  宝 物
奉盧舎那仏種々薬帳
(宮内庁正倉院事務所より)
 奉盧舎那仏種々薬帳の中には、次のように記されています。
 「以前(列記した薬物の意)堂内に安置して盧舎那仏(大仏)を供養す、もし病苦のため用うべき者あれば、僧綱(東大寺の寺務所)に知らせて使用を許可する。伏して願わくは、この薬を服用する者は万病はことごとく除かれ千苦みな救われ、諸善は成就し、諸悪は断ち切られ、長寿で夭折することない。そして最後に生命を終わったあと、蓮花蔵世界(極楽浄土)に往生し、盧舎那仏にお会いでき、仏法世界を体得できるように。」
◆平安時代以降
 都が京に移ってからも、薬用植物の栽培や輸入が続けられました。延喜式(927年完成、967年施行)を見ると、桔梗、芍薬等全国第5位にあたる38種の薬用植物を生産していると記されています。  

*延喜式:律令の施行細則のことです。平安時代初期の禁中の年中儀式や制度などの事を漢文で記してあります。
◆西大寺の大茶盛
西大寺の大茶盛 茶は古くから日本に自生していたという説がありますが、はっきりとしたことはわかりません。唐文化がさかんに輸入された時代に、わが国でも寺院などで、茶を薬用として使用することが広まって、喫茶の習慣もできたと考えられています。現在のような形態での喫茶の用法は、留学僧の栄西(1141〜1215)が種子を日本に持ち帰って、九州に植えたことから始まったといわれています。

 栄西は「喫茶養生記」に『茶は養生の仙薬なり、延齢の妙術なり。』と記し、茶は五臓の働きを活発にし、長命にすると説いています。

 その後、大和でも茶の栽培が広まり、般若寺や室生寺が大和茶の産地として知られるようになりました。
 そのような中で、薬としての茶の大盤振る舞いが定着し、今では「西大寺の大茶盛」として、有名な観光行事となっています。
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